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2006-08-29(Tue)

入院中のこと6 そして退院へ

管が少しずつ抜け、腰のドレーンも蓄尿も終わり、点滴が抜けるようになると、食事ももう易消化食というおかゆメインの形ある物に変わってきました。

そして、退院の日も迫ってきました。


退院の前には土用の丑の日だといってこっそりウナギを持ち込んだり、果物を食べたりしてすっかり元気です。


退院前日、主治医と今後の治療方針を話し合うことになりました。


そこで、検査の結果を話すと言うのです。


浮かれていた俺はまた戦慄に襲われました・・・。


で、今後の方針。

・ガンは今のところ大腸にできた物だけで、他への転移はない。
・大きさは3cm×4cmで、ステージで言うと真ん中の2。
・統計データによる5年生存率は80%程度
・病理検査の結果、100カ所のうち2カ所からガン細胞が見つかった。リンパ節転移はないが、リンパ管にわずかにガン細胞が流れている可能性があるが、本当のところどうなのかはわからない。
・念のため半年間は抗ガン剤治療を受けた方がよい。
・2年間は再発防止のための厳重注意期間。3ヶ月に一度検査して、再発がないか確認しなければならない。それが過ぎたら半年に一度の検査でよい。
・5年間再発無く過ぎれば完治の目安となる。そこから先この病気が再発する可能性は極めて低い。



と言った内容でした。

5年生存率80%というと、高いのか低いのかわかりません。

何せ命が代償ですから。


確率的にはロシアンルーレット以下です。
(6回に1回は死ぬ。生存率83%)


俺は5年後、レボルバーに5発玉が入る拳銃でロシアンルーレットをやらなきゃいけないようなものなのだお(^ω^)(違うと思う)


80%の生存確率を少しでも上げるため、

・規則正しい生活
・ストレスの無い生活
・バランスの取れた食事
・無理な運動はしない

ことを心がけるように言われました。


これまでの生活を振り返れば、ストレスはそれほど無かったものの、他はダメダメです。


特に食事。

野菜嫌いなのです。
殆ど野菜は避けてましたから、これを機に食生活を変えないといけないよ、とみんなに言われました。

まったくその通りです。


そこで、栄養指導を受けることになりました。


栄養指導を受けるに当たり、真剣に話し合おうと準備をしました。

・いくら野菜を食べようと思っても、食べられない野菜は食べられない。
・食べられないことを前提に代替野菜で栄養素を補えるのか。(キュウリの代わりに何を食べればいいの?)
・量的にどれくらいの割合で食べればよいか。
・野菜ジュースは野菜の代わりにならないか。
・果物で繊維など補うことはできないか。
・青汁など健康食品はどうか。



などなど、これから気をつけねばならない注意点を紙にまとめて、質問することにしました。


意気込んで指定の時間に栄養相談室へ向かうと、そこには・・・





誰もいませんでした・・・。




すっぽかされた?




10分位して管理栄養士登場。



あ!

昔ケンカしたことのある・・・




でも頼れる人です。

「野菜は頑張って食べましょう!頑張らなくてもいいから食べましょう!」



やっぱ俺のこと嫌いなんだウワーンヽ( ´Д`)ノ (うそ)


一番話しやすくて経験もある方です。
2時間にもわたって親身に相談に乗ってくれました。

・キュウリは白物。白物だからナスとか白菜を食べれば同じ栄養がとれるから、キュウリがダメならそっちでいいんだよ。
・栄養補助食品も効果的。病院でも使ってるおすすめなのをカタログあげるね。
・食品交換表というのがあるから、グループのうちで得意な野菜だけ食べてても栄養はきちんと取れるよ。
・量は一日の標準が・・・くらい。(少ないなぁ)
・野菜食べるの難しい日は野菜ジュースでもいいんだよ。



と、疑問なことに答えてくれました。とても安心です。

好きなものばかり選んで食べてる生活に、ちょっと気をつけて野菜を選んでみるだけでいいそうです。


さらに、一人暮らしの息子にあげるはずだった簡単料理の本とか、いろんな栄養に関する資料をくれました。ありがとうございます。


これからはバランスよく食事を取るように心がけたいと思います!



(そう誓いながら、退院して真っ先にうどん屋、天下一品ラーメン、100円寿司屋を回って、その夜消化できずうめき苦しんだのは愚者の行動でした。

病院食(易消化食)ならなんでも食べられるし、果物だってウナギだって黙って食べたけど平気だし、俺若いからもう回復して何食べても大丈夫という、退院した喜びに病気すら忘れたかのような過信がありました・・・。

病院ではいかに上手に管理された物を食べていて、健康を保っていたか思い知らされました。)



後日、王監督も同じ過ちをしていました。
王監督と同じ日に入院して、王監督より少し先に退院した俺。

入院中は断食と寂しい食事。
退院したら、いつも食べてたものを食べたい!
十分気持ちがわかります。




入院日記の最後に、頼もしく励ましてくれた母さんやいつも来てくれたさん、お見舞いに来てくれた人みんなと、病院スタッフの方々に心から感謝したいです。


二度と入院しなくてよいように、頑張って治療続けます。
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2006-08-29(Tue)

入院中のこと5 手術後

手術して一夜が過ぎました。
本当の戦いはこれからです。


手術自体は何も苦痛はなく、今回は応援してくれた人のおかげで一抹の不安もなく無事終わりました。

術後一日目、サイボーグのごとく管だらけです。
点滴、導尿カテーテル、背中の麻酔の管、腸直結ドレーン。

腹は綺麗に割れて、ホッチキスで止めてあります。
腹筋も半分に切れているため、全く使えません。


体位を変えるだけで体中が痛みます。
それでも背中の管からの定期的な麻酔注入で、傷口の痛みは動かなければそれほどありません。

看護師さん曰く、
「術後合併症予防のために明日には立って、明後日にはトイレまで歩いてもらうよ。スパルタだからね。」

ですって。キビシー!

寝返りすら出来ないときに、明日から立ったり歩いたりって、出来る気がしませんでしたが、人間の回復力は驚異的で、その日の遅くには立てるようになり、翌日には軽く歩けるようになりました。

どんな痛みが来るかわからず怖かったけど、痛みから守ってくれていた背中の官も抜かれました。
導尿カテーテルも抜かれて自分でトイレに行かなければならなくなりました。
自分でトイレまで移動しなければいけません。


麻酔の管を抜けば傷口は当然痛むので、定期的に座薬で痛み止めをしてもらいました。


このとき、一番辛かったのは咳ができないこと。当然くしゃみもできません。

これは腹筋を使うからで、痛くてとてもできる状態ではありませんでした。

それでも、たまに咳をせずにはいられない状態に追い込まれます。

水も飲めない間は、うがいをしたり息を強く吐き出したりと、喉をかきむしりたくなるような衝動を抑えて耐えたものでした。



夜寝ている間でも咳がしたくなると飛び起きます。

非常事態発生!

電動ベッドでゆっくり座位になって、ゴリラのような声をだして喉のかゆみを取ります。

一度咳をしたくなると、咳をしない限りスッキリしないので、なかなか寝付けません。

夜でも昼でも、いつでも突然やってくる咳の非常事態には一番苦しみました。




それから、お見舞いの方々にもいつも苦しませて貰いました。

腹筋が痛くて笑えません。笑うと傷口が開きそうです。

そこへ一発ネタを持った刺客が次々と現れました。

食べ物は食べられないと言ってるのに果物を持ってきてくれた方

「これは食べ物なんか!?うへへへへ~グッチョグチョに潰して喰うとうまいぞウヒヒヒ」


天然系はマジでキツイです!


DS脳トレーニングで単語記憶2個とか脳年齢65歳とか1×1=2と書いて反応しないと悩んでいた方。



誰か私を、助けてぇぇ!!


お腹割れて人数数えの人がポコポコ出て行きそうです。



お見舞いに来てくれた人本当にありがとうね。


手術も終わって元気になって、計画通り術後回復してくると、頭に思い浮かぶのが食事。

なんでもいいから食べたい。



今まで何日断食してきたことだろう。



術後5日目から食事が出てきました。


嬉しくて涙がでそうでした。


やっと喰える!


人間らしい物が喰える!


点滴だけに栄養を頼る生活はおしまいだ!


「はい、お久しぶりの食事ですよー」


食事が運ばれてきた!


わーい!!


まだ品数は少ないが、それでも口に入れられるなら幸せ!



夢を膨らませて食器の蓋を開けてみた。




すると・・・




ryuudou.jpg



中身がない?



看護婦さーん!カブトムシの食事と間違えてますよー!!



でも、食事には俺の名前が書いてあるし・・・


食事を間違えてるのか?
名札を間違えているのか?
同姓同名のカブトムシがいるのか?
それとも実は俺がカブトムシなのか?



具のない汁と重湯と練り梅だけですか!!



期待が大きかった分、失望も大きかった。



入院前、最後に食べた食事が

ise.jpg



こんなのだったからなぁ。伊勢エビと伊勢うどんとエビづくし。

ギャップが激しすぎ。


と、まぁ食事は少しずつグレードアップして(おかゆまでだけど)、痛みも少なくなり、傷もきちんとふさがって、順調に回復していきました。
2006-08-29(Tue)

入院中のこと4 解放と手術

手術当日を迎えた。

たくさん受けた検査の結果は一つも教えてくれてない。

手術はまな板の上の鯉。気がついたら終わっているのだから怖くはない。

だが、検査の結果は俺の運命そのもの。

看護師が優しく、

「何か不安なことはないですか。」

と尋ねてくれるが

「検査の結果のみ。他に不安はない。」

としか答えられない。

看護師にこんなことを言ってもどうにもできないことはわかっている。

だからもっと他の、日常生活の事とか答えてあげればよかったのだが、そこまで気を回す余裕がない。




人生を賭けた最終問題

「あなたは、まだ生きることができるか。」

みのもんたに聞かれ、

「できる」
「できない」

しかない選択肢の中から、消去法で「できる」と答え、「ファイナルアンサー」


俺は5日間みのもんたににらまれている状態。

相手は答えを知っているがださない。

こっちは祈るのみ。


だが、手術当日の朝になって、今日の午後(つまり手術前)、みのもんた先生から検査と手術について説明がありますといわれた。


運命のファイナルアンサーはいかに!?




人間とは勝手なもので、教えてくれない時にはイライラしていたが、慣れてきた時には、逆に教えられるのが怖くなった。


何も考えない。祈るしかない。


午後1時、いよいよ説明に呼ばれた。
おそらく、顔は引きつっていたことだろう。



先生はまず一言

「いろいろ検査したけど他に異常はないですね。今のところ大腸のその病気だけだから、これから切除して、細胞を病理検査にだします。」

「ヤター!!!
ヤターよ⊂二二二( ^ω^)二⊃ブーン!
結局なんでも⊂二二二( ^ω^)二⊃ブーン!
も一つおまけに⊂二二二( ^ω^)二⊃ブーン!!」



人生でもっとも
⊂二二二( ^ω^)二⊃ブーン
な瞬間だった。

こんなに嬉しいことなんてなかったのではないか?


俺はまだ生きられる!
生きていてもいいんだ!
ここにいてもいいんだ!(発展)




手術は前日から麻酔のための管を背中に入れてあるし、点滴もしたままだから全く痛みもなし。

スタッフと懐かしい話でだべっている間に全身麻酔で意識を失い、気がついたら終わってました。

執刀医(主治医 =みのもんた)の顔すら見ませんでした。


術後すぐは導尿カテーテルで尿がうまくでないこともあって焦ったけど、入れ直して離尿剤打って貰ってきちんとでました。

記憶があやふやな時間ですが、周りで見守っていてくれた人のことは覚えてます。本当にありがとう。
うがいが気持ちよかったです。

おかげさまで乗り切ることができた俺は、異常なしの検査結果を聞いて安心してぐっすり眠ることができました。

運命の一日でした。
2006-08-29(Tue)

入院中のこと3 恐怖と検査の日々

いったい、俺の身体の中では何が起こっているのだ!?

健康体だと信じていた俺は突然ガン宣告された。


ガンとなれば恐ろしいのはその進行度。

転移があるかないかである。


ガンとは恐ろしいもので、自ら細胞分裂を繰り返して成長し、血流やリンパの流れに乗って体中を駆けめぐり、他の臓器にくっついて、そこでまた成長する。

早期発見であれば、粘膜の上にできているだけなので、取ってしまっておしまいである。


だが、俺の場合、大きくなるまで成長させてしまった。


粘膜層から筋肉層を突き破り、多臓器へガン細胞が流れ出して転移していたら、その後治る確率は極端に低くなる。>

死に至る病(5年以内)なのである。


ヒマなので携帯で色々調べてみると、

「特に転移の可能性が高いのは、大腸の近くにある肝臓であり、大腸ガンを克服できるか否かは肝臓転移があるかないかにかかっていると言ってもよい。」

「daicho.com(大腸どっとこむ・・・便秘しそうな名前だなぁ)」と言うサイトにそう記述してあった。


記述内容

-----------------------
大腸ガンは治る病気です。

1.早期発見が大切。早期であれば内視鏡で手術し、すぐ退院できます

2.早期発見できなくても、多臓器への転移がなければ切除で完治が可能です。肝臓への転移があるかないかで運命が決まります!

3.転移があってもあきらめない!

-----------------------


転移があったらおしまいと読める。(実際にそうみたい。)


「そういや最近、頭が痛いことが多いなぁ。」
「肺が痛む。これってもしかして・・・」
「胃がいてぇ。まさか・・・」
「何か知らんけど全身あちこちで痛みを感じる気がするぞ!」


どこまで病気が進んでいるかわからないときには、こういう不安な気分になるのだ。


その後、体中を調べるためいろんな検査を受けて回ることになった。


造影剤を使ったRIデジタルγカメラによる全身骨検査
(身体が押しつぶされそうな圧迫感のある装置に15分間動かず仰向け。骨に転移が無いか調べる。)


下剤を飲んで大腸ファイバー(T-CF)

(午前中に「ニフレック」という下剤を、2時間かけて2リットルも飲む。味はポカリスエットだが、下剤だと思って飲むポカリスエットを2リットル、喉も渇いてないのに飲むのは辛い。)

先生!おしりにカメラ突っ込んでる最中に電話に出るのはやめてくださーい!

んでもって、そのまま呼ばれていなくなるのも勘弁してくださーい!

尻に異物を突っ込んだまま、そばに看護婦さんだけになってしまった。



人生屈指のタイミングの放置プレイ。




羞恥を感じる余裕はないが、辛すぎる。

「悪い、一旦中止で抜いておいて」といって先生はしばらく戻ってきませんでした。


ちなみに、この検査の後はおなら連発です。

そんな状態のときに限って病院のお偉いさんらがお見舞いに来てくれました。


おなら我慢して笑顔で会話・・・。


脳MRI検査(頭が痛いことが多かったので脳外科受診を希望した。)
(狭いドラム缶みたいな空間に上半身突っ込んで、道路工事のような騒音に耐える。閉所恐怖症ではないと思っていたが、実際に入ると怖かった。目をつぶって決して開けなければ大丈夫。)

造影剤を使った全身CT




これだけやって今週の検査は終わり。土日休んで、月曜には胃カメラと超音波検査やって、水曜日手術、と。



暦では土日という存在は神様の贈り物。嬉しい楽しい休日。
だけど、恐ろしい病気をお腹に抱えている事がわかった俺には邪魔な日々。

一刻も早く取り除いて欲しい。



病気くんも土日はしっかり休んでね。と考えてる間に進行してる。

ガンの暦は月月火水木金金。土曜も日曜もありゃせんのだ!



さらに不安なことに、検査の結果はすぐにわかるものばかりなのに、いつになっても教えてくれない。


金曜日の営業時間が終わったが、結局教えてくれなくて、不安な土日を過ごすことになる。


通常であれば、脳外科でMRIを撮った場合には、しばらくして外来に呼ばれて説明がある。

ところが、呼ばれなかった。


なんか病気があって言えないのか!?

いつ運命を教えてくれるかわからない時間は恐い。
死刑囚も、執行は直前まで教えてくれないそうだ。


おまけに土曜、日曜は検査もなければすることもない。


空想を広げるにはうってつけの時間であった。


なぜ検査結果おしえてくれなかったの・・・
どっかすでに転移していたの・・・
頭痛い・・・体中痛い気がする・・・
月曜日は初めての胃カメラ。きちんと検査に耐えられるかな・・・



それでも、日中たくさんの人がお見舞いに来てくれて、精神的にだいぶ助けられた。


夜、一人になるとまた空想タイム。
もう眠れないですよ!
命かかってんですよ!
しかもどうしようもないんですよ!
水曜日と言わず月曜日順番抜かして切除して欲しいですよ!





長い土日を終えて、月曜日。精神的に疲弊していたが、これから検査と手術がある。頑張らねば!




予定の時間より遅れてまずは超音波検査。


これは妊娠中、放射線を当てられない妊婦に使用する物だと思っていた。

俺の何を診るのか知らずに気軽にエコー室に入ってゼリーを塗られた。



検査開始後、先生が一言

「肝臓の検査は初めてですか?」

俺「!!」



肝臓の検査なのか!



「大腸ガンの運命は肝臓転移があるかないかで決まる(大腸。com)」


を読んでた俺に訪れた突然の運命の分かれ道!


ここで異常が見つかったら・・・
リアルオワタ⊂二二二( ^ω^)二⊃ブーン


何か言葉を返したのだろうが、突然襲われた戦慄で記憶はない。

検査は端蝕子というローラーをグリグリとお腹に当てて、中の様子をさぐるもの。


始めは痛くも何ともなかったが、ある部分を当てられるとお腹が差し込むように痛んだ。


そして、痛いと言っていないのに痛む場所を先生は入念に診ているではないか。


オレオワタ⊂二二二( ^ω^)二⊃ブーン


「痛いから、あんまり診ないでぇ!!あ、いや、もっと診てぇ!!(;´Д`)ハァハァ」


しばらく診て検査は終わり、先生が所見を書いて次の胃カメラへと向かうことに。顔面蒼白。


ここでyo。

もうわかってるんだからyo。

「特に異常はなさそうですね。」

とポツリつぶやく位はしてくれyo!!

黙って所見渡して鍵かけて見れないように渡されたらyo!

肝臓もおかしいんじゃねーかと思うじゃねーかyo!

俺オワタと思うじゃねーかyo!

チェキラッチYo!


メダパニ状態で胃カメラに向かう。
土日の間に考えていた最難関の試練だ。
もちろん初体験。


口がしびれるゼリーを喉の奥の方で飲み込まないようにゴロゴロさせて、しびれてきたらはき出す。

5分間を2回。飲み込みそう。キツイ。

先遣隊の患者がもがいている声が聞こえる・・・。

肩に注射を打たれ、胃の動きを抑制する。

いよいよ検査ブースに入って希望してあった鎮静剤を注射。

マウスピースを当て、先生をまって・・・あたりから意識が朦朧。

カメラを入れていたな位は覚えているが、あっという間に検査終了。

全く辛さ無し。数日間不安だった胃カメラ検査があっけなく終了。

鎮静剤は「使う」が正解!

病室に戻ってしばらくは、麻薬でも打ったようなふわふわ感がやってきて気持ちよかった。


それでも、検査の結果は何一つ教えてくれなかった。
病棟で主治医を見かける度に問いたいと思った。でも勇気がなかった。


言わないのか。
言えないのか。



ガンを持ち、検査散々受けて、わかってるはずの検査結果を教えられない俺の恐怖は、誰がいつになったら無くしてくれるのだ!!
2006-08-29(Tue)

入院中のこと2 ガン告知

ガンだー!ガーン!

なんてリアルにシャレにならんシャレを実践してしまったの俺。スタッフと話しながら気分を紛らわし、


「何かの間違いでガンじゃなくて良性腫瘍だといいなー」


と祈りながらも、


「でも現実的に考えれば悪性腫瘍(ガン)だろなー」


と未だに実感のわかないあきらめが交錯した。
ガンだとしたらどういう事態なのか。


不安な夜を過ごした翌日、外科長の先生は俺と母に

「細胞検査してないからわからないけど、肉眼的には・・・病気の疑いがかなり強いね。」

と、なんらかの病気であることを告げ、昨日の検査の写真をみせてくれた。


俺はガンがどういう形をしているかわからない。

だが、母親は同じ病気の経験者。見た瞬間

「ガンやね」

と一言。


外科長も

「肉眼的には・・まだわかりませんけどほぼそうですね。」

と話す。


早く取らないといけないということで、手元でコンピュータを操作。

ああ、去年まで俺が管理してたコンピュータ。先生は何を入力するか・・・と思って画面注目してたら



手術予約 → 結腸癌摘出術



口で「検査してないから確定できない」

と言いつつ、オーダで癌摘出手術と入力してるじゃないでつか!!





「えっと、明日また検査して、手術は予約でいっぱいだから最短で来週の水曜日になるんで、その日に手術しますね。」



横にいた母は経験者だけあって強い。

「3cmくらいですか、たいしたことないね。私なんて5cmの5年前に切ってるけどなんともないもん」


医者や医療人には決して言えない不確定根拠の「大丈夫」を平気で連発できる母は強い。その言葉に安心できる。



こうして、突如入院させられ、翌日ガン宣告を受けた(?)オレ。

衝撃はじわりじわりと湧いてくる。


聞いたときよりも病室に戻ったとき、昼よりも夜、と時間が経つに従って次第に不安に駆られていくのであった。
2006-08-29(Tue)

入院中のこと1 入院に至る経緯

ヒマなので入院中の日記を書き起こしてみたいと思う。


事の発端は伊勢神宮を参拝した翌日の7月4日。

血まみれの便が出てきた。

月に一度、定期的に類似症例が起こる友人(男(?))がいて、報告したところ、赤飯を持ってお祝いに行くとのこと。

それはちがーう!!


血の量はかなり多く、これは一体何事だと思い、ネットで検索をしてみた。

どうも尻から血が出るとろくな事がないらしい。

翌日、仕事に出たが、午前中にトイレに行くとまたもや大量出血の便が。

上司に話してみると、「それはいい話ではない。すぐ病院池!」


午後は休みを取って検査に行くことにした。

そういや、旅行中はエビやらアワビやら、普段食べない海鮮物をたくさん食べたから、腸管出血性の食中毒にでもあたったかなー。と思いつつ、午後元職場の病院を訪れた。


午後の外来は少なくなったばかりで、内科の先生しかいなかった。

まず検尿、レントゲン、血液検査を受けた。

先生はレントゲンの写真を見て、肺のあたりに食物が腐敗して出すようなガスがたまっているという。どうやら食中毒のようだと


ああ、よかった。変な病気じゃなくて。
安心した俺は、家族友人にメールでその旨を伝えた。



検便もするとのことでトイレで頑張っていたが出なかった。

先生にその旨伝えると
「ああそうですか。」
と言って、しばらく点滴しながらベッドで安静にすることになった。


心配することもなくベッドで横になっていると、消化器科長の先生がやってきて

「やぁ久しぶり。こんなところでどうしたんだ?」

というので、診察の事を話した。



消化器科長の先生は元の先生から話を聞くと、また寝ている俺の所にやってきて

「少しでもいいから便出ないか?細いのでもいいから」

と言った。

出なかったと伝えると、浣腸することになった。


見るのもおぞましいような、血だらけの便が出て、検便に回った。

血液が含まれているかどうかなど、検査しなくても見ればわかる。


しばらくすると、主治医は元の先生から消化器科長の先生に代わり、検査の結果の説明を受けた。



「食中毒にしては血液中の細菌数が少ない。カメラ突っ込むぞ。」



ほえ?



俺は大丈夫なんじゃなかったの?



急に訪れた不安を抱えながら、点滴を引きずって内視鏡室に向かう。



「やぁ、元気してます?」



スタッフはみんな知った顔だ。


不安なときには、こういう会話が気持ちを和らげてくれるものである。



大腸カメラを突っ込む。もちろん初体験。

軽く処女喪失だと言われた。


尻に注射をザクッと打たれ、カメラを突っ込まれた。

尻の穴から手を突っ込んで奥歯をガタガタさせられてる気分だ。

カメラごと脱糞したい気分。

いくら頑張ってもカメラは排泄できないし余計苦しくなることはわかってる。

別のことを必死で考えて検査が終わるのを待った。


検査が終わって、先生
「何もみえなかったなぁ。もっと奥まで見るぞ!」

と、今度はレントゲン室に移動して透視注腸検査。大腸をくねりと曲がって奥の奥までつっこめるカメラだ。

レントゲン撮影係と放射線科の医者と消化器科長の医師3人がかりの検査。

大腸の中を曲がっていくとき、壁にぶつかったときなど、腹の奥からえぐられてる気分。


看護師さん「辛くないですかー」


尻から何mもの機械突っ込まれて辛くないはずはないですよー。

でも辛いと言ってもどうにもならん。


「大丈夫です。」と答えて検査続行。


腸の中の様子が自分でもはっきりと見える。
これだけはっきり見えれば、何かあればすぐわかるだろう。


本来はきちんと下剤飲んで腸を綺麗にしてから行う検査だが、今日は突然とあって浣腸だけで検査。中に便が残っているのがわかる。


先生も見づらいなといいながらも、便の色が正常な所と血で染まっている所の境界線を発見。

水を噴射し洗ってみると、なにやら「ボコッ」としたものがみえ、そこから出血してるのがはっきり見えた。



先生は
「うーむ、この病気から出血しているみたいだな」

と言った。もうしばらく観察して、状況を確認してから、


「○×先生を呼んで」


と看護師に指示した。





この指示が、俺にとっての事実上のガン宣告だった。


○×先生といえば外科長。とっさの判断で外科医を呼ぶと言うことは切除前提。

大腸にできる切除しないといけないボッコリ=腫瘍=大腸ガン。

消化器化長
「この病気から出血しているみたいなんですけどね。
外科長
「ああ。」



オレオワタ\(^o^)/ 
リアルオワタヨ⊂二二二( ^ω^)二⊃ブーン




言うまでもなくそのまま入院。

先生は病気のことははっきりしたことはわからないといいつつ、明日外来で説明するから家族を呼んで欲しいと言われた。


つい先日、1時間ランニングをやり遂げて、健康そのものと自負していたオレ。

毎日ランニングを続け、7kgの原料に成功して喜んでたオレ。

病気でやせてたのね・・・


始めは尻の話だったので、よく知った人ばかりの病院じゃなくて他の病院にしようかと思ってた。

けど、午後から予約もなく飛び込みでやってきた患者を、時間外になるまでたくさんの検査を半日足らずでやってくれた先生と看護師と検査技師の方々、本当にありがとう。


「食中毒です。点滴打って様子見てください」と言って下さった先生。


そのままじゃヤバかったですよ。マジで。おそろしや・・・。
でも消化器科長の先生にすぐ相談してくれてありがとう。

消化器科長の先生、あの検査で気付かなかったらもっと進行していたかもしれません。命の恩人です。神様です。


最後に一言「食事は当分無理だよ」と言い残して、外科長に主治医タッチしたのでありました。


この病院を選んでよかったです。
プロフィール

kelog

Author:kelog
属性:平壌の虹原を歩くリア充

マチュピチュ with あずにゃん

「ガンと闘う日記」
2006年7月6日、大腸ガンの結腸摘出手術を受けました。当時26歳。
進行度はステージ2(0~4の真ん中)で幸い他臓器転移は無し。
リンパ節への転移もなかったけど、リンパ管の一部からガン細胞が発見されたと病理検査所見あり。

2011年7月16日、無事5年が経ち完治。

kelog2000 Gメール
kelog2008 youtube
kelog2010 twitter
kelog2012 skype
kelogbook facebook
kelog中央放送 Ustream


持ってる資格
第一級アマチュア無線技師
総合旅行業務取扱管理者
国内旅行業務取扱管理者
初級システムアドミニストレータ
危険物取扱者乙種4類
無軌条電車運転免許
モールス電信技能認定1級

11syu2.jpg
運転免許証



本籍(暦) 現在「南鳥島」
北海道紗那郡紗那村大字紗那村字シャナ1番地
北海道択捉郡留別村大字内保村字十五夜萠333番地
北海道根室市水晶島ヲワタラウス1番地
北海道根室市志発島湖島ワッカ1番地
北海道根室市多楽島カカマ1番地
北海道根室市勇留島ポントロモイ1番地
北海道根室市秋勇留島ヲダモイ1番地北海道蘂取郡蘂取村大字蘂取村字ヲワタリ7番地
北海道国後郡留夜別村大字留夜別村字ヒロク濱中アカンコロベ1番地
北海道国後郡泊村大字米戸賀村字オタトミ6番地
北海道色丹郡色丹村字シャコタン7番地
島根県隠岐郡隠岐の島町竹島官有無番地
沖縄県石垣市字登野城2392番地
(↑尖閣諸島・魚釣島)
東京都小笠原村硫黄島
東京都小笠原村沖ノ鳥島1番地
東京都小笠原村沖ノ鳥島2番地
東京都小笠原村南鳥島

沖縄県石垣市字登野城2392番地←イマココ!


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